February 3, 2013

日本語のレビュー

 このところ某実験医学の特集号の原稿にかかりっきりでなかなかまとまった時間が取れず、久しぶりに当ブログを見に来て、もしかしたら領域代表ほか班員の皆様の新年のご挨拶とかあったりして、という淡い期待は、、、いや。いいんです。やはり皆さんお忙しいですし。ブログ書いてる暇あったら実験せいー実験!!というのが一般論だと思いますし、実験屋はやはりベンチで手を動かしてなんぼの職業ですから。

 そういう意味では、かつてもここでちょっと触れましたが、いわゆる日本語のレビューも、同じような扱いを受けているような気がします。正直言いますと、大学院生の頃、この手の原稿を書いている研究者をネガティブな印象で見ていたところがあったような気がします。サイエンスの舞台は世界じゃろうが。日本人しか読めない、しかも査読も無い原稿書いて何が嬉しいんだろ。そもそも、業界トップの人ってこういうの書かないし。時間の無駄無駄、実験しよ!!!、と。そのくせ、友人やら後輩やらが書いた原稿が載っている号がピカピカ店頭に並んでいるのを見ると、なんだか面白くないような気持ちになって、ますます先鋭化して、ひたすら世の中との関わりを立って実験に没頭しようとしている自分に酔っている状態、へと突き進む、、、とここまでいくと、立派な危険領域です。

 日本語のレビューは、というか英語であろうがエスペラントであろうが、ピアレビューを経ない論文は「業績」欄にカウントされないと思うのですが、また当然そうあるべきだと思うのですが、科学者がいわゆる「業績」とは無関係の活動を全くしてはいけないのか、というと、それはそうでもないのかな、という気もします。このごろは大学とは縁遠くなってしまったので大学生協の本屋の平積みの現況がどうなっているのか知らないのですが、ちょっと背伸びをしたい新入生の学生さん向けの『自由からの逃走』や『夜と霧』が並んでいる教養書の隣の生命科学のコーナーではきまって日高さん著の『ソロモンの指輪』、岡田先生著の『細胞の社会』、新しどころでは某Y御大、柳田さん著の『DNA学のすすめ』みたいな本が並んでいたような気がします。日高先生のサイエンティフィックなお仕事は恥ずかしながら知らないのですが、訳本のほうが有名、という気がしますが、よしんばそうであったとしても、当時の僕にとってはヒーローであったですし、それは今でも変わりません。

 僕自身が中学生や高校生、学部時代に心引かれた著者物を書かれていた先生は、執筆当時引退間際の大先生だった訳ではなく、40代から50代、バキバキに脂ののった現役の先生だったはずです。今の学生さんが心躍らせるような書物はあるのでしょうか?もし無いのだとしたら、相変わらず古典しか無いとしたら、それは間違いなく僕らの世代が語りたくて仕方が無い事をアカデミック以外の場で語ることをサボったからにほかならないかと。そう思ったりもします。

話が散漫になってしまいましたが、ちょっと後ろめたい気持ちで日本語のレビューを読む事は無いし、ちょっと後ろめたい気持ちで日本語のレビューを書くこともなかろうかと。せっかく先人の驚異的な努力で母国語を使ってサイエンスを語れる幸せな環境を作ってもらったのだから、それを素直に享受しても罰は当たらないと。でもそろそろベンチに戻らないと、、、

中川


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