November 3, 2010

「まさかシャペロンが・・・!?」 その1

東大分生研・泊です。最近、「タンパク質の社会」特定領域
http://www.protein.bio.titech.ac.jp/
が出しているニュースレター6号に寄稿させていただきました。
編集長である東工大の田口さんの許可もいただきましたし、せっかくなのでこのブログに転載いたします。

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はじめに: small RNAはややこしい
 今や,遺伝子名で検索をすれば「ノックダウン保証付き」のsiRNA(small interfering RNA)が数万円程度で購入でき,それを普通にトランスフェクションすれば,(よっぽど不運でない限り)だいたいどんな遺伝子でも簡単にノックダウンできる時代である.1998 年のMelloとFireによる「例の論文」1から十数年,RNAiはもはや日常のツールとして確固たる地位を獲得したと言って過言ではない.また,1993 年にAmbrosとRuvkunにより発見された当初は,「線虫にだけ存在する変な現象」だと思われていたmiRNA(microRNA)2,3も,その後ヒトを含めた動物・植物・菌類・ウィルスに至るまで広く保存された遺伝子発現制御システムであることが明らかとなり,また最近では癌をはじめとする様々な疾患と関わりも指摘されており,多くの研究者の耳目を集めている.
 にもかかわらず,これらのsmall RNAが,どのようなしくみで標的遺伝子の発現を抑制するのか,ということについては,まだまだ不明な点が数多く残されている.その理由の一つして,通常の酵素とは違い,small RNAはそれ自身が触媒活性を持っているわけではなく,small RNAと複数のタンパク質を含むエフェクター複合体を形成してはじめてその機能を発揮できるという点が挙げられる.つまり,small RNAが働くしくみを理解するためには,small RNAのことだけではなく,エフェクター複合体がどのようなタンパク質によって構成されているのか,その複合体がどのようにして組み立てられるか,そしてその複合体全体としてどのような機能を持つのか,ということを考える必要があり,非常にややこしいのであるA.最近我々は,ひょんなことから,このエフェクター複合体の組み立てにHsc70/Hsp90シャペロンマシナリーが重要な働きを果たしていることを明らかにした4.以下はその背景と(紆余曲折の)いきさつである.

1. Fire,A. et al.: Nature,391: 806-811,1998
2. Lee,R. C. et al.: Cell,75: 843-854,1993
3. Wightman,B. et al.: Cell,75: 855-862,1993
4. Iwasaki,S. et al.: Mol Cell,39: 292-299,2010
A. しかしそのややこしさのおかげで我々研究者は飯が食えているとも言える.


RISCの中核因子Argonaute
 small RNAのエフェクター複合体のことを,RISC(RNA-induced silencing complex)と呼ぶ.RISCを介し,small RNAは標的mRNAの切断や翻訳抑制を行う.RISCの見かけ上の分子量は百数十kDaから80S程度とばらついており,その構成タンパク質因子(の候補)も数多く報告されている.しかし,それらの因子のほとんどは,具体的な役割がよく分かっていない.唯一,機能がはっきりしているのが,Argonaute(Ago)と呼ばれるタンパク質であるB.Agoタンパク質はsmall RNAに直接結合し,small RNAの一本の鎖を「ガイド」として用い,その鎖に対して相補的な配列を持つ標的RNAを認識する.Agoタンパク質の一部(例えばショウジョウバエやヒトではAgo2)は,RNaseHに似た切断活性を有しており,標的RNAとsmall RNAとの相補性が高い場合は,その切断を直接触媒する.逆にこの相補性が低い場合や,切断活性を持たないAgoタンパク質(例えばヒトではAgo1,3,4)の場合は,標的の翻訳抑制や脱アデニル化を引き起こす一群のタンパク質をリクルートするC. つまり,Agoタンパク質は,RISCの最も中核をなす因子であると言える.

5. Bohmert,K. et al.: EMBO J,17: 170-180,1998
B. ちなみに,Argonauteとは,植物での変異体が(miRNAが機能できないことにより)葉が細長くタコの様な異常な形態を示すことから,殻を持つタコの一種Argonauta(日本語ではアオイガイまたはカイダコ)にちなんで付けられた名前である5.
C. かつては,翻訳抑制などを含めたRNAサイレンシング現象のことを総称してRNAiと呼んでいたが,最近ではRNAiと言えば標的切断反応のことを指す場合が多い.

二本鎖から一本鎖へ
 siRNAもmiRNAも,生合成過程において21塩基程度のRNAが二本鎖を組んだ様な中間段階を経る.これらをsiRNA二本鎖,miRNA/miRNA* 二本鎖と呼び,合わせてsmall RNA二本鎖と呼ぶD.しかし,(当然二本鎖のままでは標的RNAと塩基対を組むことは出来ないために)RISCの中で標的認識のガイドとしてはたらくことができるのは,片方の鎖だけである.よって,RISCが形成されるどこかの過程で,二本の鎖が一本ずつに分離され,片方が捨てられる必要がある.small RNA二本鎖のうち,捨てられる方の鎖を「パッセンジャー鎖」,RISCのガイドとして働く方の鎖を「ガイド鎖」と呼ぶ.以前は,small RNA二本鎖は,まず何らかのRNAヘリカーゼにより一本鎖に巻き戻された後に,一本鎖としてAgoに取り込まれると考えられていた6.しかし,最近の研究から,siRNA二本鎖もmiRNA/miRNA*二本鎖も,まず二本鎖のままAgoに取り込まれ,その後Agoの内部において二本鎖が一本鎖に巻き戻されるということが実験的に示されている7-12.このsmall RNA二本鎖のAgoへの取り込み段階を“RISC loading”,Agoの内部で二本鎖が一本鎖に変換される段階を“unwinding”と呼ぶ.

6. Nykanen,A. et al.: Cell,107: 309-321,2001
7. Leuschner,P. J. et al.: EMBO Rep,7: 314-320,2006
8. Matranga,C. et al.: Cell,123: 607-620,2005
9. Miyoshi,K. et al.: Genes Dev,19: 2837-2848,2005
10. Rand,T. A. et al.: Cell,123: 621-629,2005
11. Kawamata,T. et al.: Nat Struct Mol Biol,16: 953-960,2009
12. Yoda,M. et al.: Nat Struct Mol Biol,17: 17-23,2010
D. 通常実験室で使われているsiRNAは,まさに「siRNA二本鎖」のことである.

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